2018-06-07

日本の英語教育について

子供のいないわたしは現在の日本の英語教育についてはわからないけれど
わたしが子供だった30年、20年前の経験についての話になってしまうが
日本人が英語が話せないのは学校教育に問題がある!文部科学省が悪い!みたいな
意見を聞くことがよくある。

これは本当にそうだろうか?
わたしも決して素晴らしい英語話者ではないが、英語で困ることはほとんどない。
この意見を耳にして英語教育、英語を話すことについて考えてみた。

確かに受験対策がメインの学校教育は会話には重点を置いていなかった(今は会話かもしれないけど)
中学・高校とそこまで成績が良かったわけではないわたしに関して言えば
それでも受験があるから否応なしに勉強した英語が本当に基礎となったと断言できる。
留学経験もなく、中学・高校も公立の一般的教育、大学は芸術系で語学は力を入れてなかったが
海外、または日本で他言語をネイティヴとする人たちとそれなりに英語を話せるようになったのはこれ以外の要因は考えられない。
要するに、やるかやらないか。それだけだと思う。
そして話したい内容があるか、
中身のある会話をする会話力とコミュニケーション能力、それに尽きる。
海外に住んだからといって英語が話せるようになるとは限らないし
日本での同じ努力量だと海外にいる方が伸びは早いかもしれないが、結局
やらなければできない。
実際、ヨーロピアンで英語が出来ない知り合いもいる。

日本の高等教育のレベルの高さ
日本は大学の授業を日本語で受けることができる。一部そうではない学部・学科があるかもしれないが往々にして日本語だけで問題ないと思う。
それだけ母国語での教育が整っているということを意味している。
そして生活をしていて英語ができなくて困ること・・・今までなかった。
できた方が断然楽しい!本当に楽しい!そして多くの国の新聞記事をネットでそのまま読めるのも英語ができる利点だ。でも読まなくても生活に困らないのも実情。

そう思うと日本にいて英語教育が伸び悩むのも無理もないと思えてしまう。
そしてやる気を出せば誰でもそれなりには出来るということはわたしが保証したいと思う。
わたしですら出来るのだから。そしてわたしもいまだ勉強中であることを付け加えたい。
終りはありません。

追記
無駄なプライドは捨てて間違える気満々で喋ることです。
間違えても通じるし、コレクトしてもらって次からは正しく喋ったらいいのです。
だって、日本語ですらわたしは(わたしだけかもしれないが、心当たりの人もきっといる!)
スマホや辞書で漢字の送り仮名を調べたり、ちょっと知ってる難しめの言葉が
使い方が間違っていないか調べて確認することもある。日本語ですら!
そんなわたしが他の言語を間違えずに・・・ないない。とか思うと気が楽になる。


みんなが学校や国のせいにして英語を諦めるのがもったいないので
わたしが感じたことを書いてみました。


 

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