2018-11-25

11月25日 三島由紀夫 命日

11月25日は三島由紀夫の命日。
死んでなお影響を与え続ける人です。

三島由紀夫が割腹で死んだという点だけを捉えてあれやこれやいう人がいますが
それは物事(人物)の本質からかなり遠いと思います。

英語もロシア語もアラビア語も勉強してどれ一つスペシャリストにはなれていないけれど
そしてこの3つの言語は国連公用語であるけれど
三島由紀夫の作品を読むとその日本語の美しさに触れ
日本語が母国語で本当に幸せだと感じさせられます。

わたしが三島由紀夫が好き、というとまた難しい本を読んで・・・と揶揄されることがあります。
三島由紀夫の作品は決して難しいわけではなく、流水のようにわたしの体に入ってきます。
もし難しい思ってしまう人はきっと一冊もまだ手にしたことがないかもしれません。
子供の頃に読んだ、三島由紀夫の『不道徳講座』わたしもこんなウィットに富んだ会話ができる大人になりたいと思ったものです。
長編を読む前にこの作品を読むと、三島由紀夫は難しいという先入観が取り払われることでしょう。

長編 豊饒の海 天人五衰 の最後のシーン。
年老いた本多が京都まで門跡に会いに行く。そして清顕の思いを告げる場面は
人生の事あるごとに思い出されます。そしてすべては無であるという考えに行き着くのです。

ちなみにわたしはロシアのプーチン大統領と同じ誕生日、三島由紀夫の父と同じ名前の持ち主です。

2018-11-12

全ては無であるということ。

別に何かを悲観しているわけでもなく、ただ感じたことなのです。
九州大学の飯嶋先生の比較宗教学のレクチャーを受け
密教(仏教)の儀式の話を聞き
思い出したのが、三島由紀夫の豊饒の海
その中でも天人五衰。
天人五衰は仏教用語なので当たり前といえば当たり前なのだが。

この小説の最後の最後で本多は聡子と再会する。
そして聡子は清顕を知らないという。

レクチャーの時に思い浮かんだのはこのシーン。はっきりと。

全ては無であると思った。